Intercollegiate Celtic Festival講座資料
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このページはもともとICFの講座のための資料して作成したものです。
「ICF」とは「Intercollegiate Celtic Festival (全大学ケルティック・フェスティバル)」の略で、例年3月に開催されている、日本の大学生たちによるアイリッシュ(ケルト)音楽のフェスティバルです。
例年フェス期間中に楽器の講座や、アイリッシュ(ケルト)音楽に関する座学(レクチャー)があり、ここ数年講師として参加させていただいております。
例年は印刷したものを配っているのですが、今年はコロナ禍でオンライン開催ということなので、こういった形で資料を閲覧できるようにしてみました。
この講座(このページ)は、アイリッシュ音楽の地域性がテーマになっています。(テーマは主催者さん側からの依頼です)
このページで解説している通り、アイリッシュ音楽は地域によって弾かれている楽曲や、演奏法が大きく異なります。
日本でも青森の津軽三味線の演奏と沖縄の三線の演奏を比べれば、同じ日本の音楽と言ってもかなりの違いがあると思いますが、アイルランドの音楽も北と南、西と東、地域ごとに特色があるのです。
アイリッシュ(ケルト)音楽を学ぶ上で、けっこう重要なことですので、こちらのページはICFの講座終了後も閲覧できるように残してあります。
アイリッシュ(ケルト)音楽の地域性について知っていただくのに役立てていただければ幸いです。
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アイリッシュ音楽のフィドルの演奏法は地域ごとによって様々です。
「これがアイリッシュのフィドルの弾き方だ」言えるような、決まった弾き方は存在しません。
地域別の演奏法のことをアイルランドでは「リージョナル・スタイル*」と呼んでいます。
*リージョナル・スタイル(regional style) = 地方の様式
アイルランドのフィドル奏法には大きく分けて、「ドニゴール・スタイル」、「スライゴ・スタイル」、「クレア・スタイル」、「シュリ―ヴ・ルークラ・スタイル」の4つのスタイルが知られています。
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まず最初に各地域の代表的な演奏家が弾いた曲を聞いてみましょう。
演奏している曲は全て「Rakish Paddy」という曲です。
参考までに譜面で見るとこんな感じの曲になります。
譜面の書き方にも色々とあるので、これが絶対に正しいRakish Paddyの楽譜というのはありません。ですが公平性を期す(?)ためにも一番無難な楽譜が良いと思い、アイルランド音楽の「バイブル」と呼ばれている「O'Neill's 1001」に載っているバージョンを転載させていただきました。
アイリッシュ音楽のバイブルと呼ばれているO'Neill's 1001
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最初にお聞きいただくのは、アイルランド島のもっとも北に位置するドニゴール出身のフィドル奏者の演奏です。
全く楽譜と同じではありませんが、弾いている曲は紛れもなく「Rakish Paddy」です。
ドニゴール・スタイルのフィドル奏者のRaksh Paddyの弾き方
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次にお聞きいただくのは、アイルランド島北西部のスライゴ出身のフィドル奏者が弾いた「Rakish Paddy」です。
こちらの演奏も楽譜とまったく同じではないですが、Rakish Paddyを弾いています。
同じRakish Paddyでも上のドニゴール・スタイルの弾き方とは異なる演奏法で弾いています。
スライゴ・スタイルのフィドル奏者のRakish Paddyの弾き方
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次はアイルランド島中西部のクレア出身のフィドル奏者が弾いたRakish Paddyです。
こちらも楽譜とまったく同じではないですが、弾いている曲はRakish Paddyです。
クレア・スタイルのフィドル奏者のRakish Paddyの弾き方
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次はアイルランド南西部のケリー出身のフィドル奏者によるRakish Paddyです。
スタイル的には「シュリ―ヴ・ルークラ・スタイル」といえるでしょうか。
ケリー出身のフィドル奏者のRakish Paddyの弾き方
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いががだったでしょうか?
演奏家の出身地の違い、年代の違いなどによって、同じ曲でも演奏法がだいぶ異なるということにお気づきいただけたでしょうか?
「はじめに」の項目でも述べましたが、アイリッシュのフィドルの演奏法には「ドニゴール・スタイル」、「スライゴ・スタイル」、「クレア・スタイル」、「シュリ―ヴ・ルークラ・スタイル」の4つの地域*の演奏法がよく知られています。
以下にそれぞれのスタイルの特徴や、各地域の有名ミュージシャン、お勧めのCDや楽譜集や教則本などについて解説していますので、読んでいただけると幸いです。
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*厳密にはこの4つの地域の演奏法しかないというわけではありません。北アイルランドを含めアイルランドの各地にその土地ならではの演奏法が伝えられています。それら全てを解説していたら時間がいくらあっても足りないので、とりあえず今回はよく知られている4つの地域の奏法についての解説に留めておこうと思います。
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実際、つい先日以下のような講座がありました。
先日北アイルランドのファーマナ出身のピアノ&バンジョー奏者の
ブライアン・マッグラーさんが講師を務めるリートリムとファーマナ地方の音楽についての
講座がありました。
ちなみに地図で見るとファーマナとリートリムは以下の場所にあります。
ドニゴール・スタイルはアイルランド最北部に位置するドニゴール県(Co. Donegal)にゆかりのある演奏法です。
この地方の演奏法の特徴してよく挙げられるのが演奏スピードが速いということでしょうか。
フィドルの弓使いにおいては、弓を一音一音毎に返す「シングルストローク・ボウイング(single-stroke bowing)」を多く使います。
装飾技法はロール(roll)やカット(cut)といった指で付ける装飾音(fingered-ornamentation)よりも、弓で付ける装飾技法(bowed-ornamentation)であるトリプレットやトレブリングを多く用います。
演奏される楽曲としてはハイランド(highland)やストラスペイ(strathspey)といったスコットランドにゆかりを持つタイプの楽曲も盛んに演奏されています。「バーンダンス(barndance)」のことを「ジャーマン(german)」と呼ぶのもこの地方の特色の一つです。
この地域を代表する演奏家には「ジョン・ドハーティ(John Doherty )」、「ジェームズ・バーン(James Byrne)」、「コン・カシディ(Con Cassidy)」といった奏者たちが知られています。
左からジョン・ドハーティ、コン・カシディ、ジェームズ・バーン
ジョン・ドハーティの演奏
コン・カシディとジェームズ・バーンの演奏
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John Doherty – The Floating Bow
ジョン・ドハーティのソロアルバムです。アルバムタイトルの「floating bow」とはジョン・ドハーティのボウイング・テクニックの代名詞の一つだそうです。
The Floating Bowから抜粋
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Various - The Brass Fiddle
4名のドニゴール・スタイルのフィドル奏者を収録したコンピレーション・アルバムです。上で名前を挙げたジェームズ・バーンとコン・カシディの演奏を聞くことができます。
アルバムタイトルの「ブラス・フィドル(Brass Fiddle)」はトランペットやトロンボーン等の金管楽器に用いられている「ブラス」素材で作られた金属製のフィドルで、ドニゴール・フィドル・スタイルの象徴の一つとなっています。
The Brass Fiddleから抜粋
「The Brass Fiddle」のジャケットに写っているのと同じ、"ブラス製(金属製)"のフィドル
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・The Northern Fiddler - Music and Musicians of Donegal and Tyrone by Allen Feldman & Eamonn O’Doherty
ドニゴールと北アイルランドのタイロン(Co. Tyrone)出身のフィドル奏者たちの奏法を解説した本です。譜面も載っていますが、登場する演奏家たちの略歴や奏法についての解説も詳しく載っています。「ドニゴール・スタイル」といっても厳密にはたった一つの「ドニゴールの奏法」があるわけでなく、ドニゴール県内でも場所によって奏法が変わるということについて言及されています。
The Norther Fiddlerから抜粋
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・Between the jigs and the reels - The Donegal Fiddle Tradition by Caoimhín Mac Aoidh
楽譜は少なく読み物中心の本です。ドニゴールのフィドル奏法の歴史や、ドニゴール内でのスタイルの違いについてはこちらの本の方が詳しく書かれています。
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ドニゴール県にある「アルタン湖(Lough Altan)」
アイリッシュ音楽の有名なバンド「アルタン」のバンド名の由来となった湖です。
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スライゴ・スタイルはアイルランドの北西部に位置するスライゴ県(Co. Sligo)にゆかりのある演奏法です。
速い演奏スピードに加え、リズミックに弾くのがこの地方の演奏法の特色です。
先に挙げたドニゴール・スタイル同様にトリプレットやトレブリングといった”弓で付ける装飾技法”(bowed ornamentations)も用いますが、ロールやカットなどの”指による装飾音”(fingered ornamentaions)も用いて演奏します。
ボウイングはドニゴール・スタイルとは異なりスラ―を用いたスムーズな弓使いが特徴です。
スライゴ・スタイルにおける第一人者といえばなんといっても「マイケル・コールマン(Michael Coleman)」でしょう。
マイケル・コールマンはアイリッシュ・フィドルの神様と呼ばれるほど大きな影響力を持ったアイリッシュ音楽界最高峰のフィドル奏者の1人です。
マイケル・コールマンと同時期に活躍した「ジェームズ・モリソン(James Morrison)」や「パディ・キローラン(Paddy Killoran)」もスライゴ・スタイルを代表する奏者として有名です。
左からマイケル・コールマン、ジェームズ・モリソン、パディ・キローラン
マイケル・コールマンの演奏
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ジェームズ・モリソンの演奏
演奏している曲はアイリッシュ音楽の定番曲「モリソンズジグ」です。この曲は元々「The Stick Across The Hob」という名前で知られていたのですが、ジェームズ・モリソンが録音したことによって「モリソンズ」と呼ばれるようになったそうです。
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パディ・キローランの演奏
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・Michael Coleman (1891-1945)
2枚組のCDでマイケル・コールマンの多くの録音を聞くことができます。マイケル・コールマンの生い立ちのことや、その当時のスライゴの音楽についてなど、アイリッシュフィドルやアイリッシュ音楽の歴史についても知ることのできる小冊子が付いています。
スライゴの図書館に飾られてあるマイケル・コールマンのフィドル
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・The Sligo Masters
マイケル・コールマン、ジェームズ・モリソン、パディ・キローラン等のスライゴ出身のフィドル奏者たちに焦点を当てたドキュメンタリーDVD。スライゴゆかりの奏者たちが多数出演しています。
「The Sligo Masters」から抜粋
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・Fiddlers of Sligo Tunebook - by Oisín Mac Diarmada & Daithí Gormley
総勢20名以上のスライゴにゆかりのある奏者たちの演奏を元に楽譜に起こされた曲集です。
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・Trip to Sligo by Bernard Flaherty
こちらもスライゴゆかりの20名の奏者を楽譜付きで紹介しています。こちらの本ではフィドル以外の楽器の奏者さんも紹介されています。
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・Bowing Styles in Irish Fiddle Playing Vol.1 - By David Lyth
スライゴ・スタイルを代表するマイケル・コールマンやジェームズ・モリソンが録音した曲を演奏した通りに採譜した楽譜集です。譜面には弓の順序や装飾音が実際の演奏通りに書かれています。
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マイケル・コールマンの生誕地にあるマイケル・コールマンの生家(レプリカ)とマイケル・コールマンの功績を称える碑
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クレア・スタイルはアイルランド島西部のクレア県(Co. Clare)にルーツを持つ演奏法です。
クレア・スタイルの演奏法は先に紹介したドニゴール・スタイルやスライゴ・スタイルと比べると、演奏スピードはぐっと遅くなります。
リズムよりも旋律を意識した演奏が特徴です。
ロールやカット等の左手による装飾音(left-hand ornamentation)を広範囲に使い、長く流れるようなボウイング(long fluid bow-strokes)を用いるのもこのエリアの演奏法の特徴です。
しかしながら、このエリアにおいても先に紹介したスライゴ出身のマイケル・コールマンの影響は凄まじかったようで、クレア・スタイルを代表する奏者の一人であるパトリック・ケリー(Patrick Kelly)は
「西クレア・スタイルのフィドル奏法にとって最悪な出来事はマイケル・コールマンのレコードの出現である。(The worst thing that ever happened to the West Clare style of fiddling was the appearance of Michael Coleman’s records.)」と言ったそうです。
これはクレアのフィドル奏者の多くがマイケル・コールマンの(レコードの)影響を受けて彼の演奏を真似てしまったことにより、クレアの伝統的な奏法が失われてしまったことを悲観しての発言だそうです。
とは言っても、マイケル・コールマン以前からクレアに伝わる奏法で弾く奏者もいましたし、今でもクレアにはクレア・スタイルが受け継がれています。
このエリアを代表する奏者には先ほどのパトリック・ケリーを始め、ボビー・ケイシー(Bobby Casey)、ジュニア・クリハン(Junior Crehan)、ジョン・ケリー(John Kelly)、ジョー・ライアン(Joe Ryan)、パディ・カニ―(Paddy Canny)などが良く知られています。
左からパトリック・ケリー、ボビー・ケイシー、ジュニア・クリハン、ジョン・ケリー、ジョー・ライアン、パディー・カニ―
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ジョン・ケリー(右)とジョー・ライアン(左)の演奏
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ジュニア・クリハンの演奏
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・Ceol an Cláir
上で紹介したパトリック・ケリー、ジュニア・クリハン、ボビー・ケイシー、ジョン・ケリー、ジョー・ライアンの演奏が収録されたコンピレーション・アルバムです。アルバム・タイトルを和訳すると「クレアの音楽」になります。
Ceol an Clairからの抜粋です
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・Meet Paddy Canny - All Ireland Champions - Violin
パディ・カニ―がピー・ジョー・ヘイズ(P. Joe Hayes)、ピーター・オロコリン(Peter O’Loughlin)、ブライディ・ラファティ(Bridie Lafferty)と共に1959年にリリースした伝説的なアルバムです。長らく廃盤となっていてCD化される以前は最も入手困難(hardest to come by)なアルバムと呼ばれていました。パディ・カニ―は著名なフィドル奏者「マーティン・ヘイズ」の叔父にあたります。またこのアルバムで一緒に演奏しているピー・ジョー・ヘイズはマーティン・ヘイズの父親です。
左からパディー・カニ―、ピー・ジョー・ヘイズ、ピーター・オロコリン、ブライディ・ラファティ
Meet Paddy Cannyから抜粋
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・Flowing Tides - History & Memory in An Irish Soundscape by Gearóid Ó hAllmhurín
クレア出身のコンサーティーナ奏者ガロード・オハルーンによるアイリッシュ音楽の歴史本。クレアの音楽の歴史的背景などにページが割かれているので、クレアの音楽に興味がある方にもお勧めです。アイリッシュ音楽のバイブルと呼ばれている「オニールズ1001」を編纂したフランシス・オニールがクレアに滞在した時の話なども載っています。ミホール・オハルーンはこの本以外にもアイリッシュ音楽関係の本を著しています。
Flowing Tidesから抜粋
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・Martin Junior Crehan Musical Compositions and Memories
先に紹介したクレア出身のフィドル奏者ジュニア・クリハンが作曲した曲の曲集です。楽譜だけでなくジュニア・クリハン自身やクレア界隈の音楽に関係したストーリーなども載っていて、曲集でありながら読み応えのある一冊です。
Martin Junior Crehan Musical Compositions and Memoriesから抜粋
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・Bowing Styles in Irish Fiddle Playing Vol.2 - By David Lyth
スライゴ・スタイルのところで紹介した曲集の続編として発行されたのがこの曲集です。Vol.1にはスライゴ・スタイルの演奏家のみ収められていましたが、Vol.2はクレアやケリー、リムリック、ティペラリーなどマンスター地方出身の演奏家の演奏から採譜した楽譜が載っています。先ほど名前を挙げたクレアを代表する演奏家6人全てのフィドル奏者の演奏から採譜した楽譜が載っています。
Bowing Styles in Irish Fiddle Playing Vol.2から抜粋
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シュリーブ・ルークラ・スタイルはアイルランドの南西部のケリー県とコーク県に跨る地域にゆかりのある演奏スタイルです。「シュリ―ヴ・ルークラ」とはケリーとコークのどの辺りかというと、だいたいの下の地図のエリアになるでしょうか。一部の地名は曲名*にもなっているので知っている方にはお馴染みかと思います。*Ballydesmond = Ballydesmond Polka、Cordal = Cordal Jig、Brosna = Brosna Slide、Farranfore = The Girls Of Farranforeなどなど
「シュリ―ヴ・ルークラ」と(思われる)地域の地図
実際のところ「シュリ―ヴ・ルークラ」とはここですとか、ここからここまでが「シュリ―ヴ・ルークラ」ですという定義のようなものは一切ないようです。
下はアイリッシュ音楽の某機関紙からの抜粋ですが、それによれば、「ここがシュリ―ヴ・ルークラだ」と言うこと自体がジョークのようになっているんだとか・・
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シュリ―ヴ・ルークラ・エリアの代表的な町である「Ballydesmond(バリーデズモンド)」の入り口と
バリーデズモンドの町中にあるその名も「Sliab Luacra (シュリ―ヴ・ルークラ)」という名前のパブ
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このエリアではポルカ(polka)やスライド(slide)といったタイプの曲が多く弾かれるのが特徴の一つです。
フィドルの奏法における装飾技法は左手によるもの(left-hand ornamentation)が多く、右手によるもの(bowed ornamentation)は少なめです。
「ポードリック・オキーフ(Pádraig O’Keeffe)」、「デニス・マーフィー(Dennis Murphy)」*、「ジュリア・クリフォード(Julia Clifford)」*、「パディ・クローナン(Paddy Cronin)」*といった奏者たちがこのエリアを代表する演奏家とし知られています。
*デニス・マーフィー、ジュリア・クリフォード、パディ・クローナンは3人ともポードリック・オキーフの弟子です。またデニス・マーフィーとジュリア・クリフォードは兄妹の間柄です。
左からポードリック・オキーフ、デニス・マーフィー、ジュリア・クリフォード、パディ・クローナン
デニス・マーフィーとジュリア・クリフォード
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・Padraig O'Keefe, Denis Murphy, Julia Clifford - Kerry Fiddles
ポードリック・オキーフを筆頭にデニス・マーフィーとジュリア・クリフォードの3人のフィドル奏者によるアルバム。師匠と弟子による息の合った演奏が聞けます。
「Kerry Fiddles」から抜粋
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・Denis Murphy & Julia Clifford - The Star Above the Garter
デニス・マーフィーとジュリア・クリフォードによる兄妹デュオのアルバム。シュリ―ヴ・ルークラ・スタイルのフィドルの名盤と呼ばれているアルバムです。
The Star Above the Garterから抜粋
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・Music from Sliabh Luachra by Alan Ward
上で紹介した「Kerry Fiddles」のリリース元であるトピック・レコーズ(Topic Records)が発行していた、シュリ―ヴ・ルークラ・スタイルについて解説した小冊子です。30ページほどの小冊子ですが、内容はかなり濃いです。シュリ―ヴ・ルークラ全体というよりも「Kerry Fiddles」で弾いている3人のフィドル奏者についてがメインです。画像も多く載っていて若い頃のジュリア・クリフォードの写真やポードリック・オキーフがフィドルを教える時に用いた独特な数字式の楽譜(所謂タブ譜)の画像も載っています。
左から小冊子の表紙、若かりし日のジュリア・クリフォード、ポードリック・オキーフが使っていた数字式の楽譜
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アイリッシュ音楽は基本的に口頭伝承(oral tradition)の音楽です。
楽曲は楽譜を用いることなく、他の演奏家を聞いて、見て、模倣することによって今日まで伝えられてきました。
フィドル奏者に限らず大概の器楽奏者は自分が最も尊敬している人から影響を受けるのが常です。(嫌いな奏者から影響を受ける奏者は滅多にいないと思います)
交通機関や情報の伝達技術が発展する以前は、楽曲が伝えられていく過程や、演奏家がある演奏家から影響を受けていく過程は地域地域で局所的に行われてきました。
交通機関が発達し、伝達技術が発達した現在においては、影響力のある演奏家に出会う過程というのは特定の地域の中だけに限定されるということはなくなってきています。
ドニゴールに住むフィドル奏者がクレアに住むフィドル奏者の影響を受けることもできるし、日本に住みながらアイリッシュ・フィドルのCDから耳コピしてフィドルの演奏を学ぶこともできるのです。
現在は色々な地域の色々な演奏スタイルの影響を受けた、「個人スタイル(personal style)」で弾く演奏家も多くいます。 以下は特定の地域のスタイルに属さない、「個人スタイル奏法」の代表的な奏者さんたちです。
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ケヴィン・バークはロンドン出身のフィドル奏者です。
両親がスライゴ出身ということもあり、主にスライゴの演奏スタイルの影響を受けているそうです。
ケヴィン・バークが若い頃のロンドンにはクレア出身のボビー・ケイシー(クレア・スタイルの項目で名前を挙げた奏者の一人です)や、北アイルランド出身のブレンダン・マグリンチ―(Brendan McGlinchy)、ベルファスト(生誕地はキャバン)のショーン・マグワイア(Sean McGuire)、ゴールウェイ出身のマーティン・バーンズ(Martin Byrnes)、ケリー出身のジュリア・クリフォード(シュリ―ヴ・ルークラ・スタイルの項目で名前を挙げた奏者です)などが住んでいたので、実際のところはスライゴだけでなく色々な地域の演奏スタイルの影響を受けたそうです。
特にブレンダン・マグリンチ―やボビー・ケイシーからの影響は大きかったようで、彼の演奏スタイルやレパートリーにも反映されています。
ケヴィン・バークの演奏
ケヴィン・バークのCD
ケヴィン・バークのCDから抜粋
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パディ・グラッキンはダブリン出身のフィドル奏者です。
父親のトム・グラッキンがドニゴールの出身ということもあり、必然的にドニゴールの奏法の影響を受けたそうですが、ダブリンには色々な地域出身の演奏家が住んでいたことから、ドニゴール以外の地域の奏法の影響も受けたそうです。
特にパディ・グラッキンの父親がクレア出身のフィドル奏者ジョン・ケリー(クレア・スタイルの項目で名前を挙げた奏者の一人です)と親しくしていたことから、クレア・スタイルの影響も受けているそうです。
ちなみにジョン・ケリーの息子でフィドル奏者のジェームズ・ケリー(James Kelly)は父親がクレア出身なので必然的にクレア・スタイルの影響が受けたそうですが、父親がトム・グラッキンと親しくしていたので、ドニゴール・スタイルの奏法の影響も受けたそうです。。(パディ・グラッキンとジェームズ・ケリーはフィドルの演奏スタイルの習得や楽曲収集のために一緒にドニゴールに旅行に行ったこともあるそうです。)
パディ・グラッキンやジェームズ・ケリーなどの戦後生まれでダブリンで育ったフィドル奏者の多くはトミー・ポッツ(Tommy Potts)というダブリン出身のフィドル奏者からの影響も受けていることが多いです。
パディ・グラッキンの演奏
パディ・グラッキンのCD
パディ・グラッキンのCDから抜粋
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上に挙げた2人以外にも多くの個人スタイルの奏者が居ます。
有名な奏者さんだと、
ショーン・キーン(Sean Keane)、
ショーン・マグワイア(Sean McGure)、
トミー・ピープルズ(Tommy Peoples)、
トミー・ポッツ(Tommy Potts)、
フランキー・ギャヴィン(Frankie Gavin)、
ジェームズ・ケリー(James Kelly)、
マーティン・ヘイズ(Martin Hayes)、
リズ・キャロル(Liz Carroll)
ショーン・スミス(Sean Smyth)
オシーン・マクディアマダ(Oisin Mac Diarmada)
クイヴィーン・オライリー (Caoimhin O Raghallaigh)
といったところでしょうか。
上に名前を挙げた以外にも良い奏者が沢山いますので、色々な人の演奏を聞いてみることをお勧めします。
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【参考資料①】
下はフィドルの教則本の中に書いてある、フィドルの演奏スタイルについての項目からの抜粋です。
演奏家がどのように影響を受けていくかについて書かれてありますので参考にしてみてください。
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【参考資料②】
以下はアイルランド人の現役フィドル奏者が著した入門書的な書籍からの抜粋です。
「アイリッシュ音楽は口承の音楽で、曲は聞いて、見て、他人の演奏を模倣することによって学ばれてきた。」と書いてあります。「偉大な奏者は今でも耳だけで聞いて曲を弾き、楽譜を読むことが出来ない」とも書いてあります。この本も演奏スタイル的なところを学ぶのに役に立つのでお勧めです。
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自分自身の演奏の中に、アイルランドの地域の演奏スタイルを取り入れるためにはどうしたらいいのかについて解説してみたいと思います。
まずは上に紹介した個人スタイルの奏者の演奏で、ドニゴール・スタイルやクレア・スタイルなどの地域の奏者からの影響が反映されている演奏を紹介したいと思います。
最初に紹介するのは上の個人スタイルの項目で紹介したパディ・グラッキンの演奏です。
曲は最初の方に紹介した「Rakish Paddy」というリールの曲です。
下は同じRakish Paddyという曲で、最初の方に紹介したドニゴール・スタイルのジョン・ドハーティのバージョンです。
上の2つを聞き比べていかがでしょうか?
パディ・グラッキンの「Rakish Paddy」の演奏は、ジョン・ドハーティの演奏の影響が入っていますよね?
まるっきりそっくりそのものというほど似ているわけではないですが、ジョン・ドハーティのバージョンが元になっているのは間違いありません。
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次もジョン・ドハーティの演奏です。
曲は「The Knights of St. Patrick」というジグの曲です。
下の音源はジェームズ・ケリーが弾くThe Knights of St. Patrickです。
ジェームズ・ケリーはダブリン出身のフィドル奏者で、父親はクレア出身の名フィドル&コンサーティーナ奏者のジョン・ケリーです。父親譲りのクレア・スタイルの影響もありますが、ドニゴール・スタイルの影響も受けています。
ジェームズ・ケリーのバージョンには、ジョン・ドハーティの影響がかなり入っています。
ジョン・ドハーティとまるっきり同じ通りではないのですが、音使い的なところはジョン・ドハーティ・バージョンと似ているところがあります。
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次もクレア出身のフィドル奏者の演奏です。
アイリッシュ音楽のサマースクールで有名なウィリー・クランシー・サマースクールの開催地である「ミルタウン・マルベイ(Miltown Malbay)」のお隣の村「Crosses of Annagh」出身のボビー・ケーシー(Bobby Casey)の演奏です。
曲は「タトルズ・リール(Tuttle's Reel)」というリールで、ボビー・ケーシー自身によって作曲されました。ボビー・ケーシーは演奏家のみならず作曲家としても有名です。
ボビー・ケーシーは1950年代初期にロンドンへと移り住み、2000年に亡くなるまで英国に暮らしていました。
ボビー・ケーシーはロンドンにおけるアイルランド音楽シーンの中心人物の一人として活躍した演奏家で、ケヴィン・バーク(Kevin Burke)やジョン・カーティー(John Carty)など、ロンドン出身の多くの演奏家がボビー・ケーシーの影響を受けています。
下はケヴィン・バークが弾いた「タトルズ・リール(Tuttle's Reel)」です。
ケヴィン・バークの演奏法はかなり個性的なので、一概にスライゴ・スタイルだ、クレア・スタイルだとは言えないのですが、随所にボビーっぽさが現れていると思います。
曲そのものがボビー・ケイシーの作曲した曲なわけなので、まったくボビー・ケイシーの影響を受けていないということはないと思います。
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次に紹介するのは前のボビー・ケイシーと同じくのクレア出身のフィドル奏者パトリック・ケリーが弾いた「バックス・オブ・オランモア(The Bucks of Oranmore)」というリールの曲です。
下はクイヴィーン・オライリー (Caoimhin O Raghallaigh)というダブリン出身のフィドル奏者が弾いたバックス・オブ・オランモア(The Bucks of Oranmore)です。
クイヴィーン・オライリーはダブリン出身ですが、シュリ―ヴ・ルークラの演奏スタイルの影響を受けていると言われています。
上の2つのBucks of Oranmoreを聞き比べていかがでしょうか?
クイヴィーン・オライリーのバージョンはほぼパトリック・ケリーのバージョンと同じですよね。
このように、今現在活躍している個人スタイルの奏者さんたちも、特定の地域の奏法の影響も受けているわけです。
もちろんそっくりそのままに全てを〇〇地方の演奏法で弾いているわけではありません。
基本的にはそれぞれの奏者さん自ら「いいな」と思った奏法を取り込んで弾いているのだと思います。
地域性のある演奏スタイルを取り入れる方法ですが、自分が「好きだ」と思う演奏、「こんな風に弾いてみたい」と思う演奏を真似してみるところから始めれば良いのではないでしょうか。
特定の地域の演奏、音使い、音の出し方を真似るやり方については、3月のICF講座の中で解説したいと思います。
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3月に開催されるICFのWSでは、ここまでに分かったことを活かして、実際の演奏に繋げられるようなことができたらいいなと考えています。
楽器を演奏されない方は、ここまで解説してきたことを知識としてご活用いただければ幸いです。
実際に楽器を演奏する方、演奏を学ばれている方であれば、実際に演奏に活かせてなんぼだと思うので、楽器を使って何らかのワークショップかレクチャーみたいのができればいいなと思っています。
オンライン開催なので、どんか形でやれるのか、どんな形でやるのがいいのかまだ考え中です。
もしこんなことをやってみたい、
ここまで解説してきたことでここの所をもっと深く掘り下げて説明してほしい等のご要望ありましたら、ぜひ仰ってください。
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