アイルランド旅行
(Lartigue Monorail Listowel Co. Kerry)
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上は現在のアイルランドで運行されている鉄道の路線図です。アイルランドの鉄道は首都のダブリンと地方都市とを結ぶ「インターシティー」路線が中心です。
こちらは1906年当時にアイルランドで運行されていた鉄道の路線図ですが、1906年の頃の方が現在よりも路線の数が多かったことが分かります。
以前は多くの鉄道路線が通っていたアイルランドですが、モータリゼーションの発達とともに地方路線の大半は廃線となってしまいました。
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廃線となった路線の中には観光客向けに蒸気機関車を走らせたり、遊歩道やサイクリングロードとして利用されているところもあります。
かつてリムリックとケリー州の州都「トラリー(Tralee)」の間にはグレート・サウザン鉄道(Great Southern Rail)という鉄道路線が通っていたのですが、現在は廃線となっており廃線となった線路の跡は「グレート・サウザン・トレイル(Great Southern Trail)」というウォーキング&サイクリングコースとして利用されています。
「グレート・サウザン・トレイル」はこのホームページでも紹介していますので、よかったらご覧になってみてください。
・アイルランドで廃線跡ウォーキング - Great Southern Trail
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アイルランド南西に位置するケリー州の北西に「リストール(Listowel)」という名前の町があります。
人口3,000人ほどのこじんまりとした町ですが、ケリー州の中ではトラリー、キラーニーに次いで3番目に人口が多く、ケリー州北東部の経済の中心となっています。
現在のリストールに鉄道は通っていませんが、以前は先ほど紹介したリムリックとケリー州の州都トラリーを結んだ「グレートサウザン鉄道」が通っていて、リストールの町はずれに駅が置かれていました。
またリストールとリストールから15kmほど離れた海沿いの「バリーバニオン(Ballybunion)」の間には支線が通っていて、この支線は世界で初めて"商業利用された"「モノレール」として知られています。
リストールの郊外にあるリストール駅の駅舎。現在は住宅として利用されています。線路だったところは舗装され道路になっています。
1980年代後半に撮影されたリストール駅。この頃はまだ線路が残っていたようです。リストール駅は1880年に開業し、1963年に廃駅となったそうです。
旧リストール駅の駅舎の向かいには、リストールとバリーバニオンを結んだ支線(モノレール)のレール跡が残っています。
モノレールの線路跡です。前に見える丸くなっているところには「ターンテーブル」と呼ばれる車両を反転させる装置があったそうです。
こちらはリストール駅の駅舎に隣接するかつての車両格納庫です。現在は「Lartigue Monorail and Museum」というモノレールの博物館として利用されています。
博物館の内部です。
昔のリストール駅周辺を模した模型が展示してありました。鉄道が運行されていた時代のリストール駅はこんな感じだったようです。
一番右下が車両格納庫(現在の博物館)、左側にあるのがモノレールのレールです。
これが世界で初めて商業利用された「モノレール」の線路です。"モノレール"の「モノ」とは「単一の」という意味なので、「モノレール」とは「単一のレール」ということになります。この画像に写っている線路はまさしく「モノレール」そのものですよね。ちなみに英語で一輪車のことを「モノサイクル(monocycle)」と言うそうです。「モノ(単一車輪)の自転車(サイクル)」なので「モノサイクル」なのです。
モノレールというと高架したところを走っているイメージがありますが、世界初のモノレール路線は普通の地面にレールを敷いたようです。
上の画像の「モノレール」は「チャールズ・ラルティーグ(Charles Lartigue)」というフランス人技師によって考案されたそうです。
もともとはラルティーグがアルジェリアに赴任していた際に砂漠で物資を運ぶ手段として考案されたものだそうです。
フランス人技師「チャールズ・ラルティーグ」が考案しアルジェリアの砂漠で運用された「モノレール」。「レール」掛けた荷物を馬に牽かせるという原始的なシステムです。一頭の馬で大量の荷物を運べたことから、砂漠地帯の物資の輸送に大変重宝したそうです。
このシステムを鉄道に応用したのが、リストール-バリーバニオン間のモノレールです。
これが世界で初めて商業利用されたモノレールの車両です。動力は蒸気機関でした。
博物館の敷地内に、昔のモノレールの線路が復元してあり、その上をレプリカ車両が走っています。レプリカ車両の動力はディーゼルエンジンで、煙突はダミーだそうです。
「モノレール」だけに当然線路は一本だけです。
このシステムだと枕木などを設置しなくていいのと、線路2本分の幅で地面を整地しなくてもいいので、低コストで短期間で鉄道が敷けたそうです。
ただし客車が線路を跨ぐように左右に振り分けられているので、左右の重さのバランスを揃えないといけないという問題もありました。(左右の重さを均等にしないと車両が傾いてしまう)
またこの線路のシステムだと踏切を設置できないが大きな問題だったそうです。物理的に平面交差ができないので、橋を架けて立体交差で線路を渡ったそうです。
橋といっても可動式の橋、いわゆる跳ね橋でないと列車が通る時に引っ掛かってしまうので、線路を渡る時に渡る人間が自ら橋を架けるセルフ式の橋だったそうです。
線路を渡る時はこのような橋を渡る人間自ら掛けて線路を渡ったのだそうです。
モノレールの線路によって生活圏を分断されてしまうのと、線路と道路を平面交差で交わらせることができないことから、結局ラルティーグ式のモノレールは普及することがなかったそうです。
現在のモノレールの大半は高架されているのは、地表と同じ高さにレールを作ってしまうと踏切の問題が生じるからだそうです。
モノレールの車輪。車輪が地面と接することがないのが特徴です。
車両を反転させる際に用いられた「ターンテーブル」。それぞれの終点に設けられていたそうですが、システムの都合上車両の反転にはかなり手間がかかったようです。
車両を反転させている所を撮った動画です。
低コストで鉄道が敷けるということで、アイルランドの鉄道網の発展に期待されたラルティーグ式のモノレールでしたが、なんだかんだで色々と問題点もあり結局普及することはありませんでした。リストールとバリーバニオン間に敷かれた唯一のモノレールもアイルランドとイギリスの間で起こった独立戦争の際に破壊されてしまい、その後再建されることなく廃線となってしまったそうです。
モノレール博物館で上映されていた在りし日のモノレールの姿を映した貴重な動画です。カメラを向けられている人達が皆、にこにこと楽しそうに客車に乗っているのが印象的です。
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モノレールの線路跡の一部はウォーキングコースとして整備されています。
バリーバニオンに向かう途中で見かけた茅葺屋根のパブ。1832年に創業した歴史のあるパブです。
バリーバニオンのメインストリート。リストールからバリーバニオンまでは約15km。車だと15分そこそこの距離です。
バリーバニオンのメインストリート沿いの「ゴルフホテル*」。バリーバニオンには有名なゴルフコースがあるらしく、ゴルフ目的で訪れる人が多いそうです。*2016年以降営業していないそうです。
ちなみに私がこのホテルの前を通りかかった時に、このホテルで火事があったらしく消防車が来ていて消火活動の真っ最中でした。何気にアイルランドで初めて見た火事の現場です。
ホテルの前に停まっていた消防車の後に書いてあった注意書きです。
「今夜の晩御飯、我々(消防士)も招待されているのかな? - 60%の火事は一般家庭の台所で起こっています。皆さん注意しましょう。」と書いてあります。半分ジョークを交えたユーモアのある注意書きです。
バリーバニオンの町の入り口にはゴルフクラブを持ったとある人物の像が建っているいます。
この像は第42代アメリカ大統領のビル・クリントンの像です。ビル・クリントンは大統領在職中の1998年に、バリーバニオンで行われたゴルフのイベントでプレーしたそうで、それを記念して建てられた像だそうです。歴代のアメリカ大統領にはアイルランド人の血を引いた人が多くいますが、クリントンもアイルランド系だそうです。ファーマナ州にルーツを持つそうで、ファーマナ州の州都エニスキレンにはクリントンの名前の冠した「クリントンセンター」なる施設があります。「クリントンセンター」についてはこちらのページをご覧ください。
バリーバニオンのメインストリート沿いのパブ「レールウェイ・バー(Railway Bar)」。アイルランドには鉄道の通っていないのにも関わらず、「レールウェイ・バー」とか「ステーション・イン」など、鉄道と関連のある名前を付けたパブをよく見かけます。アイルランドは1960年代までは国の至る所を鉄道が通っていたので、田舎の小さな村にも鉄道が通り駅が置かれていました。以前は鉄道が通っていた村や町には、今もレールや駅など鉄道か関連した名前の付いたパブがあることが多いです。そして鉄道関連の名前の付いたパブの近くには必ずと言っていいほど、昔の鉄道の遺構を見ることができます。
レールウェイ・バーの近くにある旧バリーバニオン駅の駅舎跡。今現在はここが駅舎だっという面影はほとんど残っていません。
バリーバニオン駅の駅舎跡に建てられてある碑に、ここがかつて駅であったことが書かれています。これがなければここに昔駅があったことを知ることはまずないと思います。
駅舎の近くにあった別のパブ。
こちらのパブの窓にはモノレールが描かれています。
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バリーバニオンの海岸。かなりの広さのある広大な海岸です。
バリーバニオン海岸の海水浴場。バリーバニオンの海水浴場には、休憩場や更衣室、お店(海の家)など設けられていて、何となくは日本の海水浴場の感じに近いところがあります。
バリーバニオン海岸にある小さなお店。砂遊び用の玩具類に、アイスやお菓子、飲み物などを売っています。日本の海の家と言ったような感じのお店でした。
バリーバニオンのサーフィンの教室の看板。ここの海岸ではサーフィンも出来るようです。
バリーバニオンの海岸沿いに建つ「バリーバニオン城」の城壁です。
解説板によると「バリーバニオン」という地名は、この城の城主の名前から来ているようです。
ふと砂浜を見ると、砂の上に何かが描かれているのが見えました。
側に寄ってみると、巨大なハートの中に「マイクとエイミー」と書いてあります。マイクさんとエイミーさんが自分たちで自分たちのことを書いたのでしょうか?
いたずら書きには相当な大きさなので、きっと何か意味があって書いたんでしょうね。
リゾート地につきもの(?)。バリーバニオンのゲームセンターでゲームに興じるカップル。アイルランドにもゲームセンターの類がありますが、たいてい海辺に面した観光地でよく見るような気がします。
アイルランドのゲームセンターにもクレーンゲームの類が置いてありますが、アイルランドでは景品として現金をゲットできるのが特徴です。
海辺を散歩してお腹が空いたので、フィッシュアンドチップスのテイクアウトのお店に入りました。フィッシュアンドチップス以外にもハンバーガーやフライドチキン、ピザやケバブなども注文できます。アイルランドの田舎だとマクドナルドはもちろんアイルランドオリジナルのファーストフード店であるスーパーマックスなどもないので、ファーストフードのお店となると、このような個人経営のお店が主流です。場所やお店によって若干やメニューや味が変わるので、こういう所に入るのも旅行の楽しみの一つとなっています。
バリーバニオンのフィッシュ&チップスのテイクアウト店にあった「バタードソーセージ(Battered Sausage)」。単にソーセージに衣をつけて揚げただけのものなのですが、こちらのテイクアウト店には揚げ物系のメニューが結構多いような気がします。ソーセージなんてわざわざ衣付ける必要な気がするのですが、なんでなんでしょうね?お隣のイギリスのテイクアウト店にはマーズバー(Mars Bar)*に衣をつけて揚げた「揚げマーズバー」があるそうです。*スニッカーズに似たチョコレートバー
こちらは日本でもみかけるオニオンリングです。
これが私の注文したフィッシュアンドチップス。ごく普通の味でした。
買ったフィッシュアンドチップスは、海外沿いの公園のベンチに座って食べました。アイルランドにも普通に公園がありますが、日本の公園の遊具とちょっと違った遊具などがあったりします。
ブランコの一種なんだと思いますが、このスタイルのブランコは日本では珍しいかも?
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