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このページはこれからアイリッシュ音楽の演奏、フィドルの演奏を学び始めようと思っている方向けに、アイリッシュ音楽についての基本的なことをお伝えするために作成しました。
情報量はかなり多めです。
後半はこのページを書いている私「Taka」自身のこと、いわゆる自分語りも書いてあったりします・・・
一気に読むのは大変だと思いますが、これから始めようという方にとって、知っておいて損はないことが書いてあると思いますので、よかったらぜひ最後まで読み進めていただければ幸いです。
このページでは主に「アイリッシュ/ケルト音楽」というジャンルの音楽の学び方の情報がメインとなっています。
このページの続編である「フィドル(ヴァイオリン)を始めるにあたって知っておきたいこと②」では「フィドル(ヴァイオリン)」という楽器自体の学び方の情報がメインとなっています。
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かなりボリュームのある記事ですので、時間がなくて読めないという方のために、このページに書かれていることをざっと要約すると、
このページに書かれている内容の多くは、以下の本からの抜粋です。
こちらのページをお読みいただく時間がない方は、以下の本をご自身で読んでみても良いと思います。
画像に写っている左上の本から順に
ダイアナ・ブリアー著 / 守安功訳
ブランダン・ブラナック著 / 竹下英二訳
キアラン・カーソン著 / 守安功訳
・Exploring Irish Music and Dance (Dianna Boullier)
・Folk Music and Dances of Ireland (Breandán Breathnach)
・Pocket Guide to Irish Traditional Music (Ciarán Carson)
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以下は「Dianna Boullier(ダイアナ・ブリアー)」というアイルランドのフィドル奏者が書いた「Exploring Irish Music and Dance」という本からの抜粋です。
アイルランド人の現役のフィドル奏者さんが、アイルランド人向けに書いたアイリッシュ音楽の入門書です。
下はその本の冒頭の載っている、アイルランドの音楽とはどんな音楽か解説したページからの抜粋しました。
この本には日本語訳版もあって、「アイルランド音楽入門」というタイトルで発行されています。
上の文は日本語訳版だと以下のように書かれています。
この本に書いてある通りですが、アイリッシュ音楽が「どんな音楽」かといえば、アイルランドという国で何世紀も前から弾かれている「伝統の音楽」なのです。
「伝統音楽」、つまり「伝統芸能」ということでしょうから、日本でいえば三味線やお琴など古くから日本に伝わる伝統文化と同じような感じだと思います。
いわゆるロックやポップスなど、最近の大衆文化とは違うものだと言えると思います。
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上記はこちらの本からの抜粋です。
こちらの本は、アイルランド人の現役フィドル奏者が、アイルランド人向けに書いた本です。小中学生くらいの年齢の子向けなのでしょうか、全編通して平易な英語で書かれています。
本の著者の「Dianna Boullier」の演奏です。
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以下も同じ本からの抜粋です。
以下は上の文の日本語訳です。
上記に書いてある通り、アイリッシュ音楽は楽譜を使わずに口伝えで弾かれてきた音楽です。本に書いてある通りアイリッシュ音楽の世界で楽譜が使われるようになったり、演奏家が楽譜を読めるようになったのは最近になってからです。
現在でも多くの奏者は楽譜を読むことなく、昔ながらのやり方で曲を覚え、演奏しています。本にも書いてある通り、楽譜を使うと曲を忘れやすくなるのです。
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以下も同じ本からの抜粋です。
以下は上記の日本語訳です。
音楽とは言語と似たようなもので、読み書きができなくても言葉を話せるように、楽譜の読み書きができなくても楽器を弾くことができるのです。
フィドルを始めるにあたって覚えておきたいキーワード①
・アイリッシュ音楽は何世紀も前から伝えられてきた伝統の音楽。
・アイリッシュ音楽は楽譜を用いることなく口伝えで弾かれてきた。
・アイリッシュ音楽を弾くのに楽譜を読めるようになる必要はない。
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以下はアイリッシュ音楽の世界でポピュラーな「サリーガーデンズ(Sally Gardens)」という曲の楽譜です。
ちなみに日本だと別の「サリーガーデン」の方がよく知られているのですが、日本でよく知られている「サリーガーデン」とは全然別の曲です。
「サリーガーデンズ」という曲については、当サイトに曲について諸々書いたページがありますので、ご興味あればご一読ください。
アイリッシュ音楽には同じ名前の違う曲がたくさんあるのです。
日本では「サリーガーデン」として、こちらの曲が知られていますが、アイルランドでは別の「Sally Gardens」の方がよく知られています。
ちなみに、以下はアイリッシュ音楽の曲名に関しての解説です。
以下は日本語訳です。
以上はBreandán Breathnachが著した「Folk Music and Dances of Ireland」という本からの抜粋です。この本についてはこのページの下の方で、また改めて紹介させていただきます。
上記の本に書いてある通り、アイルランドの曲には一曲につき60の曲名を持った曲があったり、6曲の曲に同じ曲名が付けられていたりするのです。
例えば以下の曲は「Toss the Feathers(トス・ザ・フェザーズ)」という名前で知られている曲で、実際にアイルランドで発行されている楽譜集に掲載されている曲です。
次の曲も「Toss the Feathers(トス・ザ・フェザーズ)」という名前の曲で、やはりアイルランドで発行されている楽譜集に掲載されている曲です。
いかがでしょうか?
同じ名前の曲ですが、同じ曲でしょうか?
楽譜が読める方なら分かると思いますが、この2曲の曲は曲名こそ同じかもしれませんが、曲の旋律は全く別の曲です。
以下はその逆で、旋律は同じだけど曲名は違います。
以上の3曲は、それぞれ別の楽譜集に載っていたものです。
それぞれ名前は違いますが、曲の旋律は一緒です。
アイリッシュ音楽には名前は一緒だけど違う曲や、メロディーは同じだけど名前が違う曲がたくさんあって、それをいちいち挙げていたらキリがありません。
実際に始めてみれば分かってくると思いますが、アイリッシュ音楽の世界では曲名はさほど重要ではなかったりするので、無理して曲名を知る必要はないのかもしれません。
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さて、話を本題に戻します。(笑)
以下は「Sally Gardens(サリーガーデンズ)」の楽譜です。
日本でよく知られている方とは違う「サリーガーデンズ」です。
楽譜が読めて、演奏もできる人(ちゃんとしたアイリッシュな演奏でなくてもいいので)は、ぜひ上の曲を楽譜に書いてある通りに弾いてみてはいかがでしょうか。
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以下はアイルランドの演奏家さんによって弾かれた「Sally Gardens」の演奏です。
いかがでしょうか。基本的には最初に載せた楽譜に書いてある「Sally Gardens」と同じ旋律の旋律の曲が弾かれています。
次の曲も「Sally Gardens」の演奏です。弾いている人は、上で弾いている奏者さんとは別の人です。
次の曲も別の奏者さんによる「Sally Gardens」の演奏です。
次の曲も「Sally Gardens」です。演奏している人は別の方です。
いかがだったでしょうか?
ここまで4人の奏者さん、全員それなりに知名度のある奏者さんによる、「Sally Gardens」の演奏を載せたのですが、楽譜通りに弾いている奏者さんは居たでしょうか?
聞いていただければお分かりいただけると思いますが、誰も楽譜と同じ通りには弾いていません。
しかも全員がそれぞれ異なる弾き方をしています。
もし4人の演奏から一音一音採譜して譜面に起こせば、違うことが書いてある楽譜が4枚できあがるはずです。
つまり、「Sally Gardens」という曲は、曲の旋律そのものは「伝統曲」として昔からあるのですが、「これが絶対的な弾き方です」というものは存在しないのです。
事実、以下は「モリソンズ(Morrison's)」というアイルランドの伝統曲の楽譜で、アイルランドで発行されている楽譜集からスキャンしたものです。
どの曲も基本的な旋律は全く同じですし、曲名も同じです。
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3つの楽譜に書かれている曲は基本的に同じ曲ですが、ところどころ違うところがあります。
譜面を書いた人の頭に流れていたモリソンズをそのまま楽譜にしたのかもしれませんし、何かの音源を元に採譜したのかもしれません。
先ほどの「Sally Gardens」と同じように、3人の演奏家さんによるそれぞれちょっとずつ違う「モリソンズ」の演奏から採譜されたのだとすれば、3つの異なる「モリソンズ」の楽譜が出来ても何の不思議もないわけです。
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Dianna Boullierの 「Exploring Irish Music and Dance」には以下のように書かれています。
アイリッシュ音楽の曲は同じ曲であったとしても、「誰一人として同じ曲を同じようには弾かない」のです。
それでも「曲の骨組みが同じ」であれば、「曲を一緒に演奏をすることは可能」なのです。
つまり最初の楽譜を含め、上に載せた4人の奏者さんによる「Sally Gardens」は、「骨格上としての旋律」は同じなのです。
そこに個人個人によるアレンジや装飾音が付けられているので、皆の演奏がそれぞれ異なって聞こえるのです。
骨格上は同じ旋律ですので、「Sally Gardens」であれば4人が一堂に会して一緒に「Sally Gardens」を弾くことが可能ですし、「Morrison's」も3人が同時にそれぞれの楽譜に書いてあることを弾いたとしても、一緒に弾くことができるのです。
アイリッシュ音楽はそもそも譜面があって、譜面の通りに正しく弾くことが正解という音楽ではないのです。
なのでアイリッシュ音楽を弾く上では、楽譜は読めなくても全然大丈夫なのです。
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こちらは「マット・クラニッチ(Matt Cranitch)」というフィドル奏者さんが書いた「ザ・アイリッシュ・フィドル・ブック(The Irish Fiddle Book」というフィドルの教則本です。
上はその教則本の中に出ている曲です。
この教則本には著者の「マット・クラニッチ」がお手本の演奏を弾いているCDが付いているのですが・・・
それについて、以下のように書いてあります。
「お手本のCD上でこの曲は、譜面通りには弾かれていませんし、楽譜はCD上で弾かれた通りには書かれていません。」といったようなことが書いてあります。
アイリッシュ音楽は、楽譜があったとしても楽譜通りに弾かないと、教則本にも明言されているのです。
この教則本には以下のようなことも書いてあります。
「全ての演奏家は耳で聞いて曲を習います。(耳で聞いて弾けるようになることを)早くできるのであれば、早いほど良いです!(耳で聞いて弾けるようになることは) 思っているほど難しいことではありません。」
といった感じのことが書いてあります。
個人的にですが、もし今からアイリッシュ音楽を習い始めるのであれば、そしてこれまでに一切の音楽や楽器の経験がないのであれば、最初から楽譜の読み方を覚えることなく始めてしまった方が、早く上達すると思います。
すでに他の音楽や楽器を経験していて、楽譜が読める人はしょうがないですが、アイリッシュ音楽を始めるのであれば、楽譜のことはとりあえず忘れるようにすることをお勧めします。
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フィドルを始めるにあたって覚えておきたいキーワード②
・アイリッシュ音楽には同じ名前で複数の曲が存在する。
・アイリッシュ音楽には同じ旋律で、複数の名前を持った曲も存在する。
・同じ曲であっても人によって弾き方が異なる。
・同じ曲であっても人によって楽譜の書き方が異なる
・同じ曲を誰一人同じ通りに弾かなくても、一緒に演奏することができる
・フィドルの教則本に「お手本のCDは楽譜通りに弾かれていません」と書いてある。
・フィドルの教則本に「全ての奏者は耳で聞いて曲を弾く。それを早くできるようになるのが良い」と書いてある。(教則本には五線譜が載っているのにも関わらず・・・)
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ここまで、アイリッシュ音楽は楽譜があっても楽譜通りに弾くことはないですし、同じ楽曲であっても人によって弾き方が異なったりするということを解説してきました。
「なぜ、そうなのか?」と聞かれると、答えるのが難しいのですが、簡単に説明するのであれば「昔からそうだったから」または「それが伝統だから」ということになるのではないでしょうか。
このページの一番最初にとりあげた「Dianna Boullier」が書いた「Exploring Irish Music and Dance」という本には「アイリッシュ音楽は何世紀にもわたって弾かれてきた伝統の音楽」と書かれています。
伝統というのは姿かたちを変えることなく、過去から現在そして未来へと伝わっていくものでしょうから、きっとアイルランドの音楽は昔から「楽譜があっても楽譜通りに弾かない音楽」として伝わってきたのではないでしょうか。
上は「Ciarán Carson(キアラン・カーソン)」というアイルランドのフルート奏者さんが書いた「Pocket Guide to Irish Traditional Music」というアイリッシュ音楽の入門書です。
この本も日本語に翻訳されていて、日本語訳版は「アイルランド音楽への招待」というタイトルで出版されています。
この本では「アイリッシュ音楽とははどんな音楽か」ということを以下のように説明しています。
上の文は訳本では以下のように書かれています。
この本に書かれている通り、伝統とは「物事を引き継いでいく」という意味が含まれているわけですから、アイリッシュ音楽は「楽譜があっても楽譜通りに弾かない」のが伝統であって、それを過去から現在まで引き継いできているのではないでしょうか。
この本には以下のようにも書かれています。
これを訳すと以下のようになります。
本に書いてある通りですが、同じ曲は二度と同じ曲ではないのです。
そして譜面に書いてある伝統音楽の曲は「曲そのもの」でもないのです。
以下の本にも同じようなことが書いてあります。
こちらは先ほど、アイリッシュ音楽の曲名に関しての解説をした際に、参照用として載せた本と同じ本です。
Breandán Breathnachというアイルランド人の著者によって書かれた「Folk Music and Dances of Ireland」という本とその和訳本です。
この本はこれまでにこのページ上で登場したアイルランド音楽の入門書の中では、一番古いものになります。アイルランド音楽の入門書としては定番中の定番です。
この本の中に以下のように書かれているところがあります。
和訳本では以下のように書かれています。
この本の中でも、「演奏は決して同じものとならない」と書かれています。
アイリッシュ音楽は楽譜に書いてある曲を、楽譜通りに弾くのではなく、曲に変化をつけながら弾くのです。
曲につける「変化」のことを「変奏」といいます。
そして「変奏」はある程度の「即興的な作曲」を含んでいるのです。
そしてそのように弾く能力とは、天賦の才のものであって、そう簡単に身に付けられるものはないとも書いてあります。
多くの奏者は他の演奏家の音楽を聞いて、苦労して練習することによってその能力を獲得しているのです。
この本には以下のようにも書かれています。
上の文は訳本では以下のように書かれています。
こちらの本でも、アイリッシュ音楽は耳で聞いて学ぶ方法が普通で、楽譜を使うのは良くないことと捉えられています。
また、「別の演奏家の説得力のある演奏ぶりに出会ったら、それを借りることをためらう必要はない」、つまり別の演奏家の演奏を真似る、すなわち模倣(コピー)することは良いことと捉えられています。
先ほど紹介した「マット・クラニッチ」が書いたフィドルの教則本「The Irish Fiddle Book」にも以下のようなことが書いてあります。
誰かの演奏を「コピー」、つまり模倣することは、初期の学習段階においてはよい手助けになると書いてあります。
「コピー」あるいは「模倣」とは、誰かの演奏を「再現」して弾くとも考えられます。
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「再現」という言葉が出てきましたので、ほんの少し話を逸らさせていただきますが・・・
どこの世界にも「試験」だとか「テスト」だとか「検定」の類のものがあると思いますが、アイリッシュ音楽の世界にも「検定試験」があります。
アイリッシュ音楽の検定試験は「SCT Exam」と呼ばれているもので、日本でも受験することができます。
アイリッシュ音楽の検定試験「SCT Exam」のシラバス(概要書)
アイリッシュ音楽はアイルランドの「伝統芸能」ですから、何世紀にもわたって伝えられてきた伝統の技が正しく身についているかが、この試験で審査されるのです。
この記事を書いている私「Taka」も当然この検定試験に合格しています。
アイリッシュ音楽の検定試験の内容は多岐にわたるのですが、試験の中では以下のようなことも行われます。
以下は日本語訳です。
これはどんなことをやるかというと、書いてある通りですが、試験官が何かの曲の2小節部分をDメジャーのキーで装飾音を用いて3回繰り返して弾きます。
受験者は試験官が弾き終わった後それを「再現」して弾かなければいけません。
楽譜はありません。試験官が弾いたことを、聞いた通りにおうむ返しに弾くだけです。
「再現」とは、弾かれた通りのことを、弾かれた通りに弾くということです。
弾かれたことと違うことを弾けば、それは「再現」にはなりません。
つまり試験官の演奏を「模倣」して弾くということになります。
どんな曲がどんなふうに弾かれるかは、その時になってみないと分かりません。
実際の試験の場では、今まで一度も聞いたこともない、レアな曲が弾かれることもあります。
アイリッシュ音楽は「口承」で伝わってきた音楽ですから、耳だけで聞いて先人たちの演奏を先人たちが弾いた通りに弾くことができ、それを次の世代に伝えていける能力が求められるということなのでしょう。
アイリッシュ音楽を学ぶ上で、人の演奏を「模倣」することは、避けて通れないと言ってもいいのかもしれません。
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フィドルを始めるにあたって覚えておきたいキーワード③
・アイリッシュ音楽において変奏は欠くべからざるもの
・変奏は即興的な作曲
・現地の奏者は人の演奏の模倣(コピー)をすることで、変奏の技術を身につける。
・人の演奏をコピーすることは大事なことであると、フィドルの教則本にも書いてある。
・フィドルの検定試験では試験官が弾いたことを目の前でコピーしないといけない。
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ここまで、アイリッシュ音楽とは、
・アイルランドで昔から弾かれてきた伝統の音楽である。
・アイルランド音楽は口承で伝えられてきた音楽。
・楽譜があったとしても楽譜通りに弾くことはない。
・耳で聞いて覚えていくのが大事
・人の演奏を真似して弾くことも大事
と、このようなことが、アイルランドで発行された入門書に書かれていたと思います。
つまりアイリッシュ音楽を演奏しようと思った場合、
・アイルランドで昔から弾かれてきた曲を
・楽譜を使わずに
・耳で聞いて
・他の演奏家の真似をする
以上のことをする必要があるということになります。
なので、楽譜を使わずに、耳で聞いて、他の演奏家の真似をするためには、人の演奏を聞かないことには始まらないということになります。
では、どんなふうに聞いていけばよいのでしょうか。
上は「Fiddler Magazine (フィドラー・マガジン)」というフィドルの専門誌(雑誌)です。
フィドルの専門誌だけに、当たり前ですが「ヴァイオリン」ではなく「フィドル」の情報が充実しています。
この雑誌には、色々な演奏家さんのインタビュー記事が掲載されるのですが、その記事がけっこうためになるのです。
例えば、以下は「アルタン(Altan)」という日本でもよく知られているアイルランドのバンドでフィドルを弾いている「マレード・ニ・ウィニー(Mairéad Ní Mhaonaigh)」のインタビュー記事です。
この記事の中で、マレード・ニ・ウィニーは以下のように語っています。
「ボウイング(弓の使い方)について何かアドバイスはありますか?」
と聞かれて、
とにかく大事なのは"聞くこと"。聞いて、聞いて、ひたすら聞くこと、、たくさん聞けば自然と頭の中に入ってくるから、
といったような感じで答えています。
マレード・ニ・ウィニーが在籍しているバンド「アルタン」は日本でも人気が高く、何度も来日公演をしています。
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次もフィドラー・マガジンに掲載されていたインタビュー記事からの抜粋です。
こちらは「デイル・ラス(Dale Russ)」という来日公演をしたこともあるフィドル奏者さんのインタビュー記事です。
この記事の中でデイル・ラスは、「どうやったらアイリッシュ音楽のソウル(魂)を得ることができるのか?」のようなことを聞かれて、
「もっとも短い答えは"聞くこと"だ」と答えています。
また、これから演奏を始めようとしている人たちに向けて何かアドバイスはないか?と尋ねられて、
「たくさん聞くこと、忍耐強く」と答えています。
ずいぶん前のものですが、デイル・ラスの日本公演のチラシです。
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次もフィドラー・マガジンに掲載されていたインタビュー記事からの抜粋です。
パディ・グラッキン(Paddy Glackin)という超有名なフィドル奏者さんのインタビュー記事です。
パディ・グラッキンはアイルランドを代表するフィドル奏者の一人で、来日公演をしたこともあります。
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フィドラー・マガジンの記事の中でパディ・グラッキンは以下のように語っています。
「始めたばかりの人に何かアドバイスはありますか?」と聞かれて、
「自分自身に過度な期待をかけるな」
「1年そこらで弾けるようになると思うな」
「アイリッシュ音楽は一生をかけて取り組むものだ」
といった感じに答えています。
「時間をかけて取り組む必要がある」
とも答えています。
この記事では以下のようなことも語っています。
赤線を引いてあるところですが、要約すると、
「演奏家について知ることが大切」とか
「演奏家と信頼関係を築くことが大切」
のようなことを語っています。
改めてここまでのおさらいをすると、
・アイリッシュ音楽は、アイルランドで昔から弾かれてきた伝統の音楽
・アイリッシュ音楽は口承で伝えられてきた。
・楽譜があったとしても楽譜通りに弾くことはない。
・耳で聞いて覚えていく方が大事。
・人の演奏を真似して弾くこと。
・そのためには、聞いて、聞いて、聞いて、ひたすら聞いて・・
という音楽であると、説明してきたと思います。
耳で聞いて、人の真似をして弾くためには、誰を聞いたらよいのでしょう?
「アイリッシュ音楽を弾きたい」、「フィドルを弾けるようになりたい」と言っている人で、誰の演奏も聞いたことがないとか、誰を聞いていいか分からないと、仰る方がけっこういらっしゃいます。
例えば、上の方に4人の奏者が弾いた「Sally Gardens」という曲を載せましたが、では「Sally Gardens」をご自身で弾けるようにするにはどうしたらよいでしょうか?
楽譜も載せていますが、楽譜通りに弾いて4人の演奏家さんたちが弾いているように演奏できるでしょうか?
普通に考えれば、あの楽譜通りに弾いても、アイリッシュ音楽らしい演奏にはならないでしょう。
4人の奏者さんのように弾くのであれば、演奏をよく聞いて真似するしかないのです。
では、例えばですが、4人のうちの1番目の「Sally Gardens」を弾いた人の弾き方が気に入ったので、「私もこんな感じで弾きたい」となったとします。
でも最初の載せた奏者さんがどうやって弾いているか、聞いただけでは分からないとします。
偶然にも2番目の「Sally Gardens」を弾いた奏者さんと知り合うことができ、その奏者さんから直接「Sally Gardens」を教えてもらえることになりました。
でもあなたは最初に載せた奏者さんのような弾き方の方が好みです。
さて、2番目の奏者さんから習うときに、最初の奏者さんが弾いているような弾き方で教えてくださいとお願いできるでしょうか?
もし本当に2番目の奏者さんに、「私はあなたのような弾き方よりも、1番目の人の弾き方の方が好みだから、そういうふうに弾けるように教えてください。」と言おうものなら、普通で考えて門前払いをくらうと思います。2番目の奏者さんとは、良い師弟関係を築けないと思います。
上のインタビュー記事でパディ・グラッキンが言っている
「演奏家について知ることが大切」
「演奏家と信頼関係を築くことが大切」
というのは、こういうことを意味しているのだと思います。
つまり「Sally Gardens」を弾くために、大切なのは、
曲の旋律を知ることでもなく、
ぶっちゃけた話でいえば、アイリッシュ音楽のこれまでの歴史のことなども、とりあえずはそれほど深く知らなくて大丈夫で、
誰が弾いているの?
どんなふうに弾いているの?
を知ることが、とても大切なのです。
なので、「Sally Gardens」を最初の奏者さんのように弾きたいのであれば、それを弾いた人が誰なのかを知ることが一番大事なことかもしれません。
もしそれを弾いたのが誰なのかが分かれば、その人のCDを買うこともできますし、その人のコンサートに行くこともできるでしょうし、もしかしたらその人が教室を開いていて、レッスンを受けることもできるかもしれません。
もちろんレッスンを受けることになるとすれば、その人と信頼関係を築かないと、レッスンを続けることが難しくなってしまいます。
アイリッシュ音楽は楽譜ではなく、人から人へと口承で伝わってきた音楽ですから、「音楽=人」とも言えるのだと思います。
楽譜ありきの音楽でしたら、極端な話で紙に印刷されていれば、残っていくことができますが、口承の音楽は弾く人が居なければ残っていくことができないのです。
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フィドルを始めるにあたって覚えておきたいキーワード④
・とにかく聞くことが大事
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ここまで解説してきたことを全てまとめると、フィドルの演奏を学び始めるにあたって大事なことは以下のようになるでしょうか。
・フィドルで弾かれるアイリッシュ音楽は、アイルランドで昔から弾かれてきた伝統の音楽
・アイリッシュ音楽は口承で伝えられてきた。
・楽譜があったとしても楽譜通りに弾くことはない。
・耳で聞いて覚えていく方が大事。
・人の演奏を模倣することは大事。
・そのためには、聞いて、聞いて、聞いて、ひたすら聞いて・・・
・人の演奏を模倣するためには、誰が弾いたのかが分からないと模倣できないので、、
・演奏家についてよく知ること、そしてその演奏家の演奏をよく聞くこと
こういったことが、一番最初に学び始める段階で大事なのではないかなと思います。
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これまでに出てきた、フィドルを始めるにあたって覚えておきたいキーワード
・アイリッシュ音楽は何世紀も前から伝えられてきた伝統の音楽。
・アイリッシュ音楽は楽譜を用いることなく口伝えで弾かれてきた。
・アイリッシュ音楽を弾くのに楽譜を読めるようになる必要はない。
・アイリッシュ音楽には同じ名前で複数の曲が存在する。
・アイリッシュ音楽には同じ旋律で、複数の名前を持った曲も存在する。
・同じ曲であっても人によって弾き方が異なる。
・同じ曲であっても人によって楽譜の書き方が異なる
・同じ曲を誰一人同じ通りに弾かなくても、一緒に演奏することができる
・フィドルの教則本に「お手本のCDは楽譜通りに弾かれていません」と書いてある。
・フィドルの教則本に「全ての奏者は耳で聞いて曲を弾く。それを早くできるようになるのが良い」と書いてある。(教則本には五線譜が載っているのにも関わらず・・・)
・アイリッシュ音楽において変奏は欠くべからざるもの
・変奏は即興的な作曲
・現地の奏者は人の演奏の模倣(コピー)をすることで、変奏の技術を身につける。
・人の演奏をコピーすることは大事なことであると、フィドルの教則本にも書いてある。
・フィドルの検定試験では試験官が弾いたことを目の前でコピーしないといけない。
・とにかく聞くことが大事
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この記事を書いている私「Taka」はアイルランドでフィドルの演奏を学び、現地で指導者の資格を取得し、現在は日本でフィドルの指導をしています。
教室に通ってくださっている生徒さんに、フィドルを始めようと思ったきっかけや、どんな奏者さんが好きですか?といったことを聞くのですが、
よく分からないけどなんとなく始めてみたくなった。
とか
どんな奏者さんが好きか全然分からないんです。
と、このようなことを仰る方がとても多いのです。
私としてはとてもびっくりなのです。
ちなみですが、私自身も最初の最初はずぶの素人でした。
アイルランドに行くまでは、楽器の経験ゼロでしたし、特に音楽に興味もありませんでした。
アイルランドに語学留学をした際に、現地でアイリッシュ音楽を聞いて、それにとても心惹かれたわけですが、いきなり演奏してみようと思ったわけではありません。
なにせ楽器の経験もなかったですし、音楽の知識がゼロでしたから。
ただ、CDを買って聞くことはできますから、最初のうちは現地のCD屋さんで売られているアイリッシュ音楽のCDを買って聞いていました。
たぶんですが、今でもCD屋さんには、今売れているアーティストさんをまとめて紹介しているコーナーとか、今月のチャートの上位のコーナーとか、そういったコーナーが設けてあると思います。
私がアイルランドに住んでいたころの、アイルランドのCD屋さんはそんな感じになっていて、今話題の奏者さんのコーナーとか、新しくリリースされた新譜のコーナーとか、そういうコーナーがあったので、そういうところに並んでいるCDを買っていました。
そもそもずぶの素人ですから、誰の何を買っていいかも分からないわけです。
なので、そういう買い方しかできませんでした。
最初のうちは、特にこだわりもありませんし、特段好きな奏者さんというのもいなかったと思います。
そんな感じで色々とCDを買って聞いていくうちに、だんだん自分の好みが分かってくるようになり、いわゆる今で言う「推し」が出来るようになったのです。
「推し」が出来れば、「推し」のCDを買いますし、「推し」がCDで弾いている曲が好きになりますし、曲が好きになればその曲の名前も覚えますし、さらにしょっちゅう聞いていれば自然と曲のメロディーもなんとなく頭に残り、次第に口ずさめるようにもなります。
ただ基本的には最初のうちは聞く方が専門で、自分で弾いてみたいとは思いませんでした。
アイルランドを代表するフィドル奏者、「マーティン・ヘイズ(Martin Hayes)」と彼が参加しているユニットやバンドのCD。私にとってマーティン・ヘイズはいわゆる今で言うところの「推し」でした。
マーティン・ヘイズの日本公演のチラシです。
マーティン・ヘイズのCDの裏側です。
普通CDのジャケットの裏側には、収録曲の名前が書いてあると思います。
当然アイリッシュ音楽のCDも、ジャケットの裏には収録曲の名前が書いてあります。
CDを聞いて好きになった曲があれば、その曲の名前が気になりますし、好きになった曲の名前も自然に覚えていくと思います。
私の場合は曲の名前や、曲の種類などはCDを聞くことで覚えていきました。
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基本的には最初のうちは聞く方が専門だったのですが、どこかのタイミングで自分でも演奏したくなり、ついに楽器を始めてしまったのです。
といっても楽器のことや、音楽そのもののことは何も分かりませんでしたから、とても独学では無理だと思い、アイルランドで教室に通ったのでした。
当然といえば当然だと思いますが、教室では先生が教えてくれることを言われるがままに練習するだけでした。
また先生から色々なことを教えてもらいましたから、演奏の面においては教室の先生の影響も大きいと思います。
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改めてですが、(しつこくてどうもスミマセン・・・)
これからアイリッシュ音楽の演奏、フィドルの演奏を学ばれようとする方は、
・アイリッシュ音楽は、アイルランドで昔から弾かれてきた伝統の音楽
・アイリッシュ音楽は口承で伝えられてきた。
・楽譜があったとしても楽譜通りに弾くことはない。
・耳で聞いて覚えていくことが大事。
・人の演奏を真似して弾くこと。
・そのためには、たくさん聞くこと。
・推しが居た方が、たくさん聞くようになる?
と、こんなことを心に留めておくと、良いのではないでしょうか。
少なくとも最初に始める段階で、
よく分からないけどなんとなく始めてみたくなった。
とか
誰が好きとか全然分からない。
とか
どの曲が好きなのかも分からない。
と、こんな感じですと、きっとすぐにつまずいてしまうと思います。
できれば早い段階で「推し」の奏者さんとか、好きな曲、好きな弾き方が分かってくると、それに向かっての練習方法が確立しやすくなると思います。
この記事を書いている私「Taka」は、いちおうフィドル先生をやっています。
教える側にとってはビジョンがはっきりしている人の方が教えやすいのです。
目標がはっきりしている方が、課題を出しやすいのです。
これからフィドル(ヴァイオリン)を始めようという方は、ぜひ色々な人の演奏に耳を傾けて、目標とする曲や目標とする奏法など、ご自身の目標を立ててみることをお勧めいたします。
このページには続編があります。
続編の「フィドル(ヴァイオリン)を始めるにあたって知っておきたいこと ②」では、フィドルという楽器そのものの学び方について書いているページとなっていますので、よかったらご覧になってみてください。
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